「成績は良いのに、なぜこんなことができないの?」
これまで、何度この言葉を飲み込み、そして時には溢れさせてしまったでしょう。
わが家の長男は現在13歳の中学1年生。学校では友達も多くて、定期テストや模試では学年でもトップ30に入るような、いわゆる「手のかからない、優秀な子」に見えるみたいです。
でも、家の中での彼は、その「優秀」という言葉からはほど遠い実態です。
異常なまでの「生活のしにくさ」
まず、文字が驚くほど汚いんです。ノートを見ても、何が書いてあるのか本人すら解読できないほど。
そして、学校での生活環境はもっと深刻でした。 ロッカーの中はぐちゃぐちゃ。机の中には、いつ配られたのかもわからないプリントが地層のように積み重なり、ついには収まりきらなくなった教科書が、彼の机の周りの床に「自分のロッカー」のように高く積み上げられていたんです。

お母さま、一度学校に来て、息子さんの机を見ていただけますか? (学校の先生より)
先生に呼ばれてその光景を見たとき、情けなさと申し訳なさで、目の前が暗くなる思いでした。
財布、携帯、大事な書類……。毎週のように何かが消えていきます。 でも、一番堪えたのは「他人のものまで持ち帰ってくる」ことでした。
部活動が終わった後。 「今日のカバン、妙に重いな……」と思って中身を出すと、そこには息子の制服だけでなく、部室で隣にいたであろうお友達の制服まで丸ごと詰め込まれていたんです。
明日、その子が困るかもしれない。 そう思うとじっとしていられず、私は夜な夜な、自転車を漕いでお友達の家まで制服を届けに向かいました。
暗い夜道を走りながら、「どうしてこんなことになっちゃうの?」と、何度繰り返すんだ…と、情けなくて涙がこぼれそうになったことも。
学校や塾の先生からは「やる気の問題」「努力不足」という言葉を突きつけられる日々。
「あんなに頭の回転が速いのに、なぜ?」
そのギャップに一番苦しみ、限界を感じていたのは、親である私たちでした。 息子はわざとやっているわけじゃない。でも、親の私たちの精神的・物理的なサポートは、もう限界を超えていました。
仕事を辞めて、ようやく見えた「息子の背中」
今思えば、私が会社役員としてフルタイムでバリバリ働いていた頃なら、この違和感を「思春期の怠慢」で片付けていたかもしれません。毎日が忙しすぎて、子供の心の機微に向き合う余白なんて、正直1ミリもありませんでした。
独立してフリーランスになり、家で過ごす時間が増えたこと。 それが、私たちの運命を変える第一歩だったのかな、と思います。
じっくり息子を観察できるようになって気づいたのは、彼が「変わっている」のではなく、「必死で周りに合わせている」ということでした。
彼は、持ち前の高いIQを使って、周囲に「普通」だと思われるよう自分を演じていたんです。専門用語でいうところの「マスキング」。
彼の「普通」は、私たちの「普通」とは少し違います。
ある時、彼が授業中におならをして周りに突っ込まれた話を、平然としていました。「恥ずかしくないの?」と聞く私に、彼はこう答えたんです。

だっておならは生理現象でしょ。我慢する方がおかしいし、恥ずかしい意味がわからないよ。
そのあまりにも合理的で迷いのない瞳を見た時、ストンと腑に落ちました。
ああ、この子は私たちが勝手に作り上げた「普通という枠」の中で、どれほど息苦しい思いをしてきたのだろう。そう思うと、申し訳なさで胸がいっぱいになりました。
「進化」という名の、前向きな決断
ADHDという診断名がついた時、ショックがなかったと言えば嘘になります。でも、それ以上に「理由がわかってよかった」という安堵の方が大きかったかもしれません。
そして私たちは、一つの大きな決断をします。 最新の脳科学に基づいた「TMS治療」の受診です。
自由診療で高額だし、未知数な部分もある。「薬じゃないアプローチ」を探していたとはいえ、親として迷いがないわけではありませんでした。
そんな私たちの背中を、思いもよらない形で押してくれたのが、7歳の次男でした。

お兄ちゃんの頭を改造して、パワーアップする治療だよね?お兄ちゃんが進化するためなんだ。すごいね!
キラキラした目でそう言った次男に、私はハッとしました。
「治療」というと、どこか「悪いところを直す」というネガティブな響きがありますが、次男にとっては、ポケモンが進化するのと同じ、ワクワクするイベントだったんです。
「そうだよ、ピチューがピカチュウに進化する感じかな」 私がそう返すと、「いいなー!僕も進化したい!」と次男。
その言葉で、重かった家族の空気が一変しました。 隣で聞いていたパパも、「そうだね。息子がより生きやすく、自分の才能を最大限に発揮するためのチューニングなんだ」と、今ではタイミングが合わば自ら付き添いを買って出てくれるほど前向きになりました。
3年後のJB移住、そのための「武器」を整える
長男自身も、自分の「生きにくさ」を自覚していました。
- 「映画を観ても、みんなみたいに細かいストーリーを覚えていられない。印象的なシーンしか記憶にないんだ」
- 「大切なはずの約束が、脳からするりと消えてしまう。忘れたくないのに、消えてしまうんだ」
彼が自分の口でそう言った時、これは私たちのエゴではなく、彼の人生を取り戻すための挑戦なのだと確信しました。
3年後のマレーシア・ジョホールバル(JB)への移住。 そこでは、日本の「普通」や「足並みを揃えること」は、今ほど重要視されないかもしれません。
だからこそ、今のうちに自分の特性を理解し、脳のパフォーマンスを整えておく。 これは「障害を治す話」ではありません。 突出した才能を持つ長男が、その翼を存分に広げて世界へ飛び出すための、「進化の記録」です。
現在はTMS治療の真っ最中。 劇的な変化はまだありませんが、少しずつ、彼自身の口から「今の自分」を語る言葉が増えてきた気がします。
手探りだし、これが正解かなんて誰にもわからないけれど。
でも、次男がくれた「進化」という言葉を胸に、私たちはこの不確実な道を、家族一丸となって楽しんでいこうと思っています。


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