「ジョホールバル(JB)へ行く」という夢の前に立ちはだかったのは、皮肉にも、私たちが守ってきたはずの「名古屋の自宅」という現実でした。
目的地をマレーシアに固定し続けることが、もはや家族の幸福を壊す要因になりつつある。その事実に気づいたとき、私たちの移住計画は根本からの見直しを迫られたのです。
パパの「責任感」が招く、メンタル崩壊の足音
パパは、名古屋の家をどうしても手放したくないと考えていました。 「いつか帰る場所」があることが、彼にとっての安心だったのかもしれません。だからこそ、高額な修繕費や維持費を払うために、今の会社で、今の働き方のまま、必死に食らいつこうとしていたんです。
でも、今のパパが置かれている環境で、さらに家の重圧まで背負い続けるのは、どう見ても限界に見える‥‥‥。
「家を守るためにパパが壊れるまで働くなんて、本末転倒じゃない……?」
かといって、家を維持したまま強引にマレーシアへついてきてもらう道も、あまりに険しい。ローンを払い続け、帰国時の修繕費まで積み立てれば、せっかく蓄えてきた家族の資産から2000万円が消えていく計算になります。
家のためにパパが壊れるか。家のために資産を溶かし尽くすか。 そのどちらも「正解」とは思えませんでした。
執着が少しだけ緩んだ、第3の選択肢
そんな袋小路の試算の中で、不意に、でも必然のように浮かび上がったのが「沖縄」という選択肢でした。
国内であればパパもキャリアを活かした仕事を探しやすいし、何より「日本語が通じる」という環境は、アジア移住に不安を感じていたパパの心を少しだけ軽くしました。
「沖縄なら、考えられるかもしれない」
パパの口からその言葉が出たとき、長年ガチガチに固まっていた「名古屋の家を死守する」という執着が、ようやく少しだけ、解け始めたのを感じました。
同じように、長男も静かに変化していました。
「寮生活で家族と離れるんじゃなく、みんなで一緒にいられるなら沖縄がいい」
ADHDの特性から、日本の高校受験に高い壁を感じていた彼。海外ブランドへのこだわりを捨てたことで、彼にとっても「家族との並走」という一番の安心に繋がったようです。
「寒さ無理!」な私の本能が、家族の基準になる
私が「沖縄」を推した理由は、もっと個人的で切実です。
それは、「私が寒いのが、絶対に嫌だ」ということ。
私は寒くなると活動が止まり、メンタルまで冬眠してしまいます。冬服に何十万もかけるより、Tシャツとビーチサンダルで過ごせる開放感。ユニクロが正装になるコストパフォーマンス。それが私のパフォーマンスを最大化してくれます。
「私がハッピーじゃないと、家族を幸せにする余裕なんてなくなっちゃうから」
花粉症の長男にとっても、家と仕事の重圧に押しつぶされそうだったパパにとっても、そして「冬眠したくない」私にとっても。沖縄は、三者の利害が一致する唯一の場所でした。
目的地を変えたら、家も「選択肢」の一つに変わった
もちろん、これで「全員で沖縄移住決定!」と万々歳になったわけではありません。
パパが仕事を辞める可能性も、沖縄についてくる可能性も、まだ現時点では40%程度。彼の性格上、おそらく私が「仕事を辞めないなら離婚よ!」とでも突きつけない限り(笑)、自ら大きな決断を下すことはないでしょう。
結局、パパは会社を辞めず、単身赴任で全国を飛び回り続ける可能性の方が高い(70%くらいかな、なんて思っています)。
それでも、「マレーシアじゃなきゃダメだ」「家を死守しなきゃダメだ」という呪縛から解かれたことは、わが家にとって大きな一歩でした。
資産を溶かしてまで守るべき「箱」なんて、どこにもない。 大事なのは、パパがどんな道を選んだとしても、家族がそれぞれの場所で「これならワクワクできる」と思える基盤を作っておくこと。
私たちの「デュアルライフ準備室」は、この沖縄への選択肢を経て、より現実的で、よりタフな場所へと進化し始めています。


コメント