こんにちは、デュアルマムです。
前回は、13歳の長男が「俺は東京の大学付属高校を目指す」と自分の意志で決めたお話を書きました。その結果、我が家が数年かけて練り上げてきた移住ロードマップは、家族一斉の移動ではなく「それぞれの場所での最適解を組み合わせる」という形へ。
長男のそのまっすぐな決意を聞いた夜、私は前にいたパパに向けて、ぽんと現実的なボールを投げてみたんです。
「パパが会社に『転勤不可』の申請を出して、東京で長男と2人で暮らせばいいんじゃない?……これって、パパ次第じゃない?」
そこから、パパの長い数ヶ月間が始まりました。自分のこれまでのキャリア、これからの人生、そして家族のあり方。普段はあまり長期的な先回りが得意ではないパパが、じっくりと、本当にじっくりと自分自身に向き合っていました。
今回は、40代の会社員としてそれなりのポジションにいたパパが、家族のために下した「戦略的撤退」に至った経緯について、書こうと思います。
大手グローバルメーカーでの「見えない景色」
まず、我が家のパパが普段どんな世界で働いているのか、少しだけお話しさせてください。
彼は外資系の大手グローバルメーカーに勤めていて、今は営業部長という立場にいます。社内は本当にシビアな実力主義の世界で、周りを見渡せば高学歴で英語をペラペラと話せる優秀な人たちばかり。その中で揉まれながら部長職まで登りつめるのは、妻の目から見ても決して簡単なことではなかったと思います。
待遇の面で言えば、いわゆる「メガバンクの支店長」と同じくらいのクラス。40代のビジネスパーソンとして、彼は間違いなく、会社組織のなかで「それなりの出世コース」のど真ん中を歩んでいました。本人もよく、「ここまで上に行ったからこそ、初めて見える景色があった」と口にしていたくらいです。
ただ、そのポジションにいるからこその、大きな縛りもありました。
部長クラスの人事というのは、基本的に「部単位での異動」になります。つまり、大きな組織を動かすために、県外への転勤や地方への赴任がセットでついてくるのが、会社の暗黙の通例だったんです。
長男が「東京に残る」と決めた以上、パパがこのまま会社の出世コースに乗り続ければ、高い確率でどこか地方への転勤辞令が下ることになります。
そうなると、どうなるか。
「パパは地方、長男は東京、私と次男は沖縄(あるいは海外)」
気づけば家族が3箇所に完全にバラバラになってしまう、そんな未来がすぐそこまで迫っていました。
それを察したパパが取った行動は、本当に静かなものでした。ある日、社内の人事記録システムを開いて、自分のステータスを淡々と「転勤不可」へと書き換えたのです。
出世競争から一歩引く、合理的な理由
一般的に見れば、40代でこれまで築き上げてきた実績やプライド、会社での上り調子の立ち位置を手放して、「降格も辞さない」という選択をするのは、身を切るような苦渋の決断のように映るのかもしれません。
でも、不思議なことにパパのなかに悲壮感は全くありませんでした。数ヶ月間、頭を悩ませた末に彼が行き着いたのは、驚くほど冷静で、そして合理的な判断だったからです。

今のポジションをこの先ずっと続けるのも、正直ストレスがすごく多いんだよね。
家族がバラバラになってまでしがみつくより、自分の中のワークライフバランスの方がずっと大切だしさ。
パパは、どこかすっきりした顔でした。それに、うちの夫婦のリアルな台所事情にも触れていました。

うちは共働きで、ママがしっかり稼いでベースの財産を築いてくれているでしょ。
もし僕が一人で家計を100%背負っている家庭だったら、どんなに辛くても出世や給与維持にしがみつくしかなかったと思う。
でも、うちは元々、選択の幅が広いはずなんだよね。
それなのに、自分から『出世が一番』っていう狭い選択肢にわざわざ縛られる必要はないなって、気づいたんだ。
これって、ビジネスの投資の判断とまったく同じなんですよね。
いくら魅力的に見える案件でも、そこにつぎ込むコストやリスク(家族の分散)に対するリターンが見合わないのなら、あるいは手段だったはずの出世が、目的であるはずの「家族の幸せ」を壊してしまうのなら、そこからサッと手を引く。
それは決して負け戦ではなく、次のステージに進むための、前向きな「戦略的撤退」なんだと思います。
当時の本音と、パパが抱えていた後悔
ただ、パパがここまで頑なに「家族がバラバラになること」を嫌がったのには、もう一つ、彼自身の胸の奥にずっと消えないトゲのような後悔があったからでした。
実は数年前、パパの仕事のステップアップに伴って、しばらく単身赴任をしていた時期があるんです。
それより少し前、まだ名古屋で家族4人で暮らしていた頃、私たちは自分たちの理想を詰め込んだ自宅を建てて、共働きをしていました。あの頃の生活が、パパにとっては人生のなかで一番ストレスが少なくて、とにかく幸せな記憶として残っているみたいです。
自分の選択で出世をして、手に入るお金は増えた。けれど、それで自分たちが本当に幸せになったかどうかは、また全く別の話だった。パパは今、そうやって当時を振り返ります。

あの時、自分が単身赴任を選ばなければ、ママをワンオペで苦しめることもなかったし、そのせいでママがせっかく掴んだ会社の役員職を手放すこともなかったんじゃないかって、ずっと考えてた。
海外生活の計画とか、子どもの転校とか、一生住むと思って建てた名古屋の家を売ることになったのだって、あの単身赴任が引き金だったんじゃないかって。
パパは今まで私には見せなかった本音を話してくれました。

単身赴任の間、誰もいない部屋で一人で仕事ばかりしていて、本当はものすごく寂しかったし辛かったんだよね。
毎日、もう仕事なんて辞めたいって思いながら過ごしてた。
だから、もう同じ後悔だけは絶対に繰り返したくないんだよね。
正直、私は驚きました。
私や子どもたちは、これまでの目まぐるしい変化のプロセスのことを、「パパのせい」なんて思ったことはなかったから。むしろ新しい挑戦を楽しんでいたくらいだったので、パパの心のなかでそこまで深い孤独と後悔が渦巻いていたなんて、その時まで全然気づいていませんでした。
そんな風に、ちょっとセンチメンタルな空気をまとっているパパに対して、私はいつも通りのトーンでこう返しました。

人生なんて、自分の想像もしなかった選択肢が突然降ってくるから楽しいんじゃん。一生住むと思って建てた家だって、売却する選択を考える想定外の展開になったからこそ、10年前には想像もできなかった面白い今があるわけで。いちいち凹んでないで、その凸凹を楽しんじゃった方が絶対に得だよ!
私のあまりにサバサバした物言いに、パパは「なるほどなぁ……。確かに前向きに考えないといけないね」と、諦めたように苦笑いしていました。
「グダグダにならない」という自己信頼
会社の肩書、出世ルート、そして単身赴任。40代のキャリアと家族のバランスに迷い、立ち止まってしまう方は、世の中に本当にたくさんいると思います。
我が家の場合、今回のパパの「転勤不可」へのステータス変更によって、おそらく社内のきらびやかな出世コースからは外れることになるはずです。
だけど、私はこれからの未来のことを、ちっとも心配していません。なぜなら、私自身が自分のこれまでの人生を「なんだかんだ楽しい、なんとかなる」と思って生きてるし、いつだってそれなりに楽しくて、どちらかと言えば自分は相当運が良い方だと本気で信じているからです。
だから、隣で不安そうな顔をしているパパにも、いつも「心配しなくても大丈夫。なんとかなるから」と伝えています。
私たちが路頭に迷って、明日食べるものに困るような状態になることは、まずあり得ません。なぜなら、自分たちがそうなるような選択を、最初の段階で絶対にしないと分かっているからです。
もし万が一、本当にお金に困るようなピンチが目の前にやってきたとしても、その手前の段階で、私たちは夫婦ふたりでなりふり構わず必死に生活を立て直すはずです。ふたり揃って思考を停止させて、ただただグダグダになって沈んでいくような、そんなヤワなタマじゃない。
その、お互いの「底力」への絶対的な信頼があるからこそ。
今回のパパの戦略的撤退も、我が家にとっては未来をより良くするための、前向きな「最適化」へのステップ。
こうして、長男とパパによる「東京居残り組」の体制が、我が家のなかで静かに内定しました。
さあ、そうなると、残されたのは私と次男のふたりです。
次回は長男の最近の変化について書こうかなと考えています!!



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