高校受験の志望校の決め方!親の理想と子どもの進路がズレた時

デュアルライフ計画

こんにちは、デュアルマムです。

前回は、GWの断捨離で昔の持ち物を整理していたら、想定外の沖縄軍資金が舞い込んできた!というお話を書きました。

部屋の荷物がすっきり片付いて、少し汗ばむ陽気になってきた5月中旬。我が家ではもう一つ、目に見えない大きな「方針転換」が始まっていました。

それは、私たちが数年がかりで一生懸命に計画していた「マレーシアや沖縄への移住ロードマップ」の修正です。

きっかけは、13歳になった長男の、本当にささやかな心境の変化でした。親が良かれと思って描いていた未来の設計図が、子どものリアルな成長によって、心地よく書き換えられていったプロセスを、今日は書きます。

「え、なんで俺の成績知ってるの?」から始まった変化

長男が地域密着型の塾に通い始めて、気がつけば10ヶ月ほどが経っていました。

以前のブログでも少し触れましたが、彼はTMS治療の効果もあって内申点がぐっと上がり、前向きに進路を口にするようになっていました。ただ、親の知らないところで、塾での様子も少しずつ、でも確実に変わってきていたみたいです。

実は、通い始めて3ヶ月が経った頃から、模試の英語や数学で「成績優秀者」として、塾の壁に彼の名前がずらりと掲示されるようになっていました。

面白いのが、本人はしばらくその事実に全く気づいていなかったこと。

ある日、同じ学校の同級生から「次回は絶対に負けないからな!」と急にライバル視されて、長男は「え、なんで俺の成績を知ってるの?」と本気でキョトンとしていたそうです。そこで初めて掲示の仕組みを知ったという、なんとも彼らしい、ちょっと抜けたエピソードがあります。

でも、周囲から「あいつは勉強ができる」と認められるようになったことは、彼の中で確かな自信の種になったようでした。

それまでは家で机に向かう姿なんてほとんど見せなかった子が、模試の前になると、自ら進んで動き出すようになったんです。

長男
長男

明後日模試だから、ちょっと勉強しなきゃ。

そう言って、自分で塾のテキストを開いて復習を始める。常にガリ勉しているわけじゃないけれど、「やらねばならないときに、集中してやる」という、生活のメリハリのようなものが芽生えてきた。

親としては、その等身大の成長が、ただただ嬉しかったです。

ママの「ガリ勉エピソード」にドン引きした長男

そんなある日のこと。長男から、ふと「大学受験ってやっぱり大変なの?」と聞かれました。

私は公立の進学校出身です。当時は周りも全員が国公立を狙って、文字通り必死に勉強する環境でした。県外の私立大学に行くと仕送りが大変だから、という時代背景もあって、みんな受験に対して必死そのもの。私のクラスからも現役で京都大学に4人合格するような学校だったので、当時の記憶をそのまま、フラットに話してみたんです。

私

ママの時はね、高3の2学期からは『毎朝英単語・熟語を50個暗記してからじゃないと校門をくぐらない』って決めて、最終的に5000個くらい覚えたよ。1日は24時間しかないでしょ? 平日は睡眠時間を4.5時間に削って、トイレとお風呂と食事と通学で3時間。そうなると、勉強に使えるのは16時間。受験まで残り150日としたら、あと2400時間しかない。だから何から手をつけるべきか、計画を立てて机に向かってたよ。最後は気持ちを切り替えて頑張ったけど、正直、あれがずっと続くと思うときつかったなー

この話を、私の顔をじっと見つめながら真顔で聞いていた長男。
……完全にドン引きしていました(笑)。

ただ、一般受験というものの過酷な競争は、リアルに肌で感じ取ってくれたみたいです。彼はぽつりと、「……俺、推薦がいいな」と呟きました。

そこで私は、ひとつの選択肢を提案してみました。もし、あの一般受験の過酷な競争を本気で避けたいと思うなら、今東京に住んでいるメリットを最大限に活かして、「大学の付属高校」を目指すのも一つの手じゃない?と。

それなりの名が通る大学の付属に入ることができれば、高校時代に私の現役時代のようなガリ勉生活を強いられることもありません。その分、自分のやりたいことにたっぷり時間を使えるからです。

この会話を境に、彼の中で何か変わりました。

友達が目指しているという都内の私立大学付属高校の名前を自分から挙げて、「あそこ、どうかな?」と聞いてくるようになったのです。

日々の何気ない雑談を重ねるうちに、長男はいつの間にか「自分は東京に残って、付属高校を受験する」という前提で、自分の未来を楽しそうに語るようになっていました。数ヶ月かけて、彼の中に明確な目標が、誰に強制されるでもなく自発的に出来上がっていった形です。

親の計画とズレても、寂しさが全くなかった理由

長男が「俺、東京の高校に進学したい」と言い出したとき、私がどう思ったか。

結論から言ってしまうと、自分がこれまでに描いていた「家族全員でマレーシアへ」あるいは「沖縄へ」という移住ロードマップとズレてしまったことに対して、ショックや寂しさは驚くほど全くありませんでした。

私はビジネスでも何でも、最初から決められたレールの上を器用に歩くことより、「自分で決断すること」のほうに、遥かに価値があると考えています。

社会に出れば、毎日が決断の連続です。自分で決められずに他人の意見に流されてしまう人が、結局どこか中途半端な結果に終わっていく姿を、私はこれまでのキャリアの中で嫌というほど見てきました。

だからこそ、まだ13歳の息子が、周りの環境を観察し、私の話を聞き、自分で考えて「東京で受験する」と決めた。
その事実のほうが、親が机の上で立てた計画なんかよりも、ずっとずっと重要で価値がある。

「ずいぶん大人になったな」と、驚きました。

それに、ちょっと合理的に頭を切り替えてみれば、長男が東京に残ってくれるのは私にとっても助かる側面があったんです。

もし長男も一緒に移住するとなれば、高校受験の選択肢やエリアの縛りがどうしても大きくなってしまいます。でも、長男の拠点が東京でカチッと確定するなら、私は次男(8歳)に合わせたインターナショナルスクール選びに全力を注ぐことができます。次男と2人なら、驚くほど身軽に動けますから。

移住計画が、家族全員の一斉移動から、「長男は東京」「母と次男は新天地」という、それぞれの最適解を組み合わせた形へ変化したのを感じました。

パパへ投げたボールと、焦る大人

ただ、問題はそこに残されたパパのポジションです。

長男の決意を伝えたとき、パパは「え、じゃあ息子を東京に1人で残すの……?」と、明らかに戸惑いを隠せない様子でした。

我が家には、「客観的に見て、致命的な判断ミスや浅い考えでなければ、本人の意志を尊重する」という明確なスタンスがあります。あまりに短絡的で、目の前のことしか考えていない発言なら親として助言しますが、今回の長男の選択は、大人になったときの自分の生活まで見据えた上でのものでした。彼の年齢なら、今はそれで十分合格点。

戸惑うパパを前に、私はサバサバと現実的な選択肢を提示してみました。

私

学校に寮がなくても、高校生から入れる学生マンションや寮はあるから、そこに住まわせるのも一つ。あるいは、パパが会社に『転勤不可』の申請を出して、東京で長男と2人で暮らせばいいんじゃない? そうすれば、家族がバラバラになることもない。……これって、パパ次第じゃない?

実はパパ、10年後や老後を見据えた長期的な判断が少し苦手で、数年先のことしか考えられないタイプだったりします(笑)。

そのため、自分よりも一足先に「大人になったときの自分」を真剣に考え始めた13歳の息子の成長を前に、パパのほうが少し焦っている。その様子が、妻としてはちょっと面白く思っちゃいました。

ここから、パパはパパで、数ヶ月間にわたって真剣に頭を悩ませることになります。

自分の仕事へのモチベーション、家族との距離感、そして家族全体にとって何が一番幸せな選択なのか。優先順位を、頭の中でじっくり、じっくりと考えているようでした。

こうして、長男の進路という一つの大きな軸が決まり、パパもまた、自身のキャリアにおける「ある決断」を下すために動き出します。

子どもが変われば、親も変わる。 家族の形は、こうやって生き物みたいに形を変えていくものなのかも。

次回は、そんなパパの最近の、お仕事の決断について書こうかな、と考えています。

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