前回、名古屋にある自宅(今は空き家になっています)の売却に向けて、ようやく不動産会社さんが決まったというお話をしました。
方向性が決まれば、次に待っているのはものすごく物理的なタスクです。 そう、内覧に向けて家の中をすっきりさせる「片付けと断捨離」。
今の私たちの拠点は東京ですが、名古屋の家にはまだ、これでもかっていうほどの荷物が残されていました。今回は、そんな重い腰を上げて始めた家のお片付けの中で、昔の持ち物を査定に出したら……まさかの「沖縄軍資金」に化けてくれた、というお話です。
クローゼットの奥で眠っていた、四半世紀前の思い出たち
名古屋の家を片付けながら、ずっと思っていたことがあります。
「これ、一体どうするの?」
今の東京の自宅には、この大量の荷物をまるごと引っ張ってくるスペースなんてどこにもありません。
東京に持っていけないなら、処分するしかない。
でも、ただ捨てちゃうくらいなら、ダメ元で一度買い取りに出してみようかな。
そう思い立って、埃をかぶりながらクローゼットの奥の奥から引っ張り出してきたのは、実に25〜30年ほど前。私が高校生や大学生のころに使っていた、ブランド品の数々でした。

うわぁ、懐かしい……。でもこれ、今見ると結構ボロボロだな……。売れるのか?買取が付かなければ、お店で処分してくれないかなぁー(祈り)
箱や袋がきれいに残っているバッグもあれば、本体むき出しの財布もある。 高校時代、ちょっと背伸びをして持っていた型崩れまくりの財布。 学生時代に流行ってみんな買っていた、細いベルトが数点。 あとは、お祝いでいただく機会がなぜか多くて、箱に入ったまま一回も使わなかったエルメスのカップや食器たち。
当時はあんなにお気に入りだったのに。手に入れたときはあんなに嬉しかったのに。 気づけば四半世紀もの間、暗闇の中でずーっと放置されていたモノたちです。
とりあえず、期待度ゼロのめちゃフラットな気持ちで、荷物を車に詰め込んで買取店へ向きました。
ボロボロのシャネルに「25万円」の価値がついた日。それでも私が売らなかった理由
買取店での査定結果に、私は中古市場の「いま」のリアルな数字に、ただただ圧倒されました。
一番驚いたのが、学生時代に多分…当時30万円くらいで買った、シャネルのバッグでした。 4つの角は完全に擦り切れて白っぽくなっているし、表面にもあちこちに細かい引っかき傷がある。お世辞にも綺麗とは言えない、いわゆる「ボロボロ」の状態です。
それが、査定スタッフさんから提示された金額を見て、目が点になりました。
驚きの「25万円」
買ったときの値段と、ほとんど変わらない。 いまの中古ブランド市場の凄まじい高騰っぷりを、身をもって知った瞬間でした。
……でも。 私はこのシャネルのバッグだけは、売却の手続きをせず、そっと手元に残すことにしたんです。
なぜかというと、過去のお仕事や色々なご縁の関係で、今でも企業の設立記念や出版記念といった、ちょっとしたパーティーに呼ばれる機会がたまにあります。そういう場所に行くときって、やっぱりそれなりのTPOに合わせた身なりをしないといけない。
もし、今ここで「25万円になるから」って手放してしまったら。 今後もし同じようなバッグが必要になって買い直そうとしたとき、今の物価高を考えたら、当時の数倍のお金を出さないと買えなくなっちゃうな、って気づいたんです。
パーティーの薄暗い会場で持つ分には、まだまだ現役で十分に使える。 新しく買い直すコストを天秤にかけたら、これだけは手元に置いておいた方がずっと実用的。
そう思って、シャネルだけは車に戻しました(笑)
「ただのゴミ」だと思っていたものが、40万円のサマーキャンプ滞在費用に
一方で、シャネル以外のアイテムは、もう迷うことなくすべて売却の手続きを進めました。
高校生の頃の財布、ずっと眠っていたスカーフ、ベルト、そして大量の食器たち。 それらを全部合わせた最終的な買取総額は、なんと40万円程度になりました。
30年近く前に私が持っていたモノたちが、時を越えて、まさかこれだけのまとまった現金になるなんて。本当に、あのとき面倒くさがらずに買取店へ持ち込んで良かった。心からそう思いました。
そしてこの40万円というキャッシュは、我が家のいまの状況において、ものすごく、リアルにありがたい。
というのも、少し前の記事でもお話ししたのですが、私は5月、これからの時間設計をガラッと見直すために、業務委託のお仕事をほぼゼロにしていました。一時的に、手元の収入をぐっとセーブしているタイミングだった。そんな時期に、ぽんと舞い込んできた想定外の40万円!!
- 次男の沖縄サマーキャンプの費用
- マンスリーマンション費用
- 現地でのレンタカー代
- 沖縄での生活費
すべて、これからのステップのための費用にそのまま充てることに決めました。
クローゼットの肥やし、なんなら「ただのゴミ」に近かったものが、これだけの価値になって自分の元に戻ってきてくれた。それは純粋に嬉しかったし、なんだか、高校時代や学生時代の自分が時を経て、自分の子供のために助けてくれたような、ちょっと不思議なありがたみを感じています。
「残す・捨てる」の基準は、これからの生活に必要かどうかだけ
よくブログやSNSで色々な特集を見かけますが、正直に言うと、私は昔からモノを捨てる・残すという判断がものすごく苦手なタイプです。
そんな私が、今回これだけ一気に片付けられた理由は、ただ一つ。
「東京の自宅に置くスペースが、物理的に1ミリもなかったから」です。
スペースの限界というお尻に火がついたからこそ、「捨てるくらいならダメ元で売ろう」と動けただけ。素晴らしいミニマリスト精神なんて、私にはありません。
残すか、売るか。 その判断に迷った時も、立派な基準なんてなくて、「今後も自分の生活で使う機会があるかどうか」、本当にそれ一点だけでした。
シャネルは「パーティー」という明確な使い道があったから残した。
それ以外は、もうこれからの私の未来に使うイメージが湧かなかったから手放した。
ただ、それだけ。
「いつか使うかも」を一度ぜんぶリセットして、いまの自分たちの生活に合わせて身軽になる。家がすっきりしただけじゃなくて、なんだか頭の中や気持ちの面でも、すごく良い整理になった気がする?
名古屋の家が一段落して、沖縄への軍資金も無事に確保できた、わが家のGW。
次は、最近の長男について振り返ってみたいと思います。次を宣言しないと、なかなかブログを更新しない自分のために次回の予告を書いてます(笑)
それでは、ここまで読んでくれてありがとうございました。



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